小倉御坊 永照寺便り
2008年 05月 29日
『小倉御坊 永照寺便り』 今月で50号を迎えることとなった。
毎月1回1200部、門徒さんを中心に配っている。
(※今月のものはホームページで見ることができる)
【お寺の新聞を門徒さんに配る】という提案をした時、住職に反対された。
「何の為に配るのか?」「何を伝えるのか?」「続けることができるのか?」
いろいろな理由で反対された。
今考えてみて新聞を配ろうと思った理由は、沢山ある門徒さん全部にお参りできるわけでないのでせめて新聞を通じてコミュニケーションを図ろうと考えたのだ。
その時は、住職の質問にうまく答えることはできなかった。仕方がないので
「もう、自分の給料でやる」
うちのお寺は門信徒が広範囲にあるのでメール便で送ることにした。印刷代を含め月10万は超える。
「かなり痛いな…」
そう思いながらも吐いた言葉を取り消すわけにもいかず新聞の作成に取り掛かっていた。
4月の地区総代会の時、お寺の会計を報告する。その時
「今年から新聞を始めますので予算を別に新設しました」
「え!聞いてないし」
住職は新聞自体を反対したのではなく、僕の意気込みを試しただけだった。
そんなこんなでなんとか4年間新聞を続けてこれた。書くことがなくて苦しんだ月もあった。
書くことがありすぎてどれにしようか迷う月もあった。
この前、古い資料を整理していると面白いものがでてきた。
「御坊」第1号 昭和54年7月1日
住職の直筆で発行されたものだった。
毎月1回1200部、門徒さんを中心に配っている。
(※今月のものはホームページで見ることができる)
【お寺の新聞を門徒さんに配る】という提案をした時、住職に反対された。
「何の為に配るのか?」「何を伝えるのか?」「続けることができるのか?」
いろいろな理由で反対された。
今考えてみて新聞を配ろうと思った理由は、沢山ある門徒さん全部にお参りできるわけでないのでせめて新聞を通じてコミュニケーションを図ろうと考えたのだ。
その時は、住職の質問にうまく答えることはできなかった。仕方がないので
「もう、自分の給料でやる」
うちのお寺は門信徒が広範囲にあるのでメール便で送ることにした。印刷代を含め月10万は超える。
「かなり痛いな…」
そう思いながらも吐いた言葉を取り消すわけにもいかず新聞の作成に取り掛かっていた。
4月の地区総代会の時、お寺の会計を報告する。その時
「今年から新聞を始めますので予算を別に新設しました」
「え!聞いてないし」
住職は新聞自体を反対したのではなく、僕の意気込みを試しただけだった。
そんなこんなでなんとか4年間新聞を続けてこれた。書くことがなくて苦しんだ月もあった。
書くことがありすぎてどれにしようか迷う月もあった。
この前、古い資料を整理していると面白いものがでてきた。
「御坊」第1号 昭和54年7月1日
住職の直筆で発行されたものだった。
by bongu04200420
| 2008-05-29 15:14