優しく微笑む悪魔、烈しく叱咤する菩薩

あるデパートの本屋でよくある光景にでくわした。小さな男の子が大声で泣きながら、母親におもちゃを買って欲しいと訴えているのだ。彼は涙が武器になるのは子供の頃だけ(一部の女性は成人しても武器として使っているようだが…)だと心得ていた。
まず子供の攻撃…【ホワイトアイ作戦】にでた。尋常じゃないほど大声で泣くことで周りの大人達は「親は何をしてる」と親に白い目をむける。親も世間の目が恥ずかしくなってつい子供のいいなりになって買ってしまう。

この子は徐々に徐々に音量を上げていった。途中あまりにも泣き崩れ方が見事だから母親も「だめ」といいながら気持ちが揺らいでいるように見えた。
私は心の中で「絶対買うな」と母親を応援していた。

木が成長する上で絶対に栄養は必要だ。しかし、過度の栄養を与えると木は枯れてしまう。

……世間の耳がこの子の泣き声になれた頃に勝負はあった……
「もうしらん」と言いながら
つかつかと進む母親の背中を
その子は、おもちゃをおいて追いかけた。
「このお母さん買ってあげたかっただろうな」ふとそのお母さんの背中を見て思った。

源信僧都は恵心院のお堂に来る鹿をいつも青竹で叩いてはおいかえしていたらしい。餌付けをしていた弟子は
「お師匠さん、あんまりじゃありませんか。これではいかにも鹿が可愛そうです。」と直訴した。

それに対して、源信僧都はこう答えた。
「もし、この比叡の山にわしとお前達だけが住んでいるのなら、わしもあの可愛い鹿たちに餌を与えたい。だがこの山にはあの鹿を捕まえようとわなを仕掛けたり、弓矢を携えて待ち伏せしている者もいるではないか。ここでわし達がこの鹿を可愛がってやったらどうなると思う。弓矢を持っている人間にまですり寄っていくだろう。
そうなると、鹿はわざわざ殺されに行くようなもんではないか。
鹿たちのことを本当に思うなら、人間というものはこんなにも恐ろしいものなんじゃと、鹿に教えてやることが一番大事なことであろう。だとしたら殴ってでもそれを鹿たちに教える以外方法はあるまいが・・」

源信僧都の智慧の深さに弟子達は感心した。

今回のテーマは「おもちゃを買うな」と「鹿を殴れ」というものではないことを念のために言っておく。

(2005年1月『永照寺だより』より)
by bongu04200420 | 2007-12-14 11:43

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