本当の等分

 5人で食事に行って1皿に4本の春巻しか載っていなかったとき愕然とする。
春巻が嫌いな人が一人いれば話はまるく収まるが、これを等分するには4本を小さく20等分して5個づつ配る以外に方法がない。

 しかし、問題なのは等分できるだけのナイフさばき、箸さばきを持っている人がほとんどいないという現実だ。私の場合、もし切り分けた大きさに差が出来たら、「大きい方をあげる」といって相手に小さい方を渡すくらいの優しさしか持ち合わせていない。たいていの人は不審そうな顔つきで「ありがとう」と言ってくれる。
目に見えるものならまだしも目に見えないもの…例えば、一夫多妻制の国の男が自分の全ての奥さんに等しく愛情をそそいだり、学校の先生がクラスの子供全員に等しい教育をすることは(物質ではないから量れないが)至難であろう。

 仏事を行う前に線香をあげる。
この線香をあげるという作法は大切な意味を持っている。
お香は一つだ。それを10人なら10人が全部、同時にいい匂いだと喜ばしてもらっている。
一つのお香を十分の一ずつわけるのではない。
また、あの人には匂わせてこの人には匂わせないという区別なく、香りが誰にでも同じようにいきわたる。

これは仏の慈悲がすべてに平等にとどいていることを表している。
数字の世界を超えた大きな世界があるのだ。


この仏の大きな心を思うと自分があまりにも小さく思える。
まず「大きい方の春巻」を人にあげることからはじめようと思う。

                                  (2004年9月『永照寺だより』より)
by bongu04200420 | 2007-12-12 14:37

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