人間の心
2014年 12月 04日
松尾タカシさん、桂吉坊さんの落語会も無事に終了。
2人が「日本一怖い高座」と話したので、毎日新聞の記者が、うちの高座の写真を撮りに来た。
何が怖いかというと、まず古い!いつ機が熟して木が割れるのかわからない。
そして、高い!普通の高座より高い。景色は抜群だが、高所恐怖症の人にとっては厳しいかも…
最後に、狭い!羽織を脱いで後に置くなんてもってのほか。そのようなスペースは勿論ない。
ちなみに、松尾さんは高座から羽織を投げていた。
松尾さんの文章
現在、桂吉坊さんと「なんじゃこりゃ~」というような 落語会を企画中。
出来るかわからないけど、決まったら またご案内いたします。
それにしても急激に寒くなってきた。Tシャツ一枚では風邪をひくほどの寒さだ。
最近油断していたら、体重が激増していた。これはいかんと一念発起して、歩くことを心がけている。
基本目的地まで歩くのだが、時間がない時は、途中からバスに乗る。
そんなバスの中での出来事!
席に座っていると、ご年配の男性が乗車してきた。よりによって満席。
「ここはひとつ、席を譲らないかんな」と善人モードが発動して、席を立った。
「どうぞ」
やばい!俺、いい人すぎる。
このバス中の誰よりも先に席を譲る。
バス待つブスもガス持つボスもびっくりの、まさに仏教界の「はにゅ~譲る」
譲ってなんぼの人生だ。
「我が人生に一席の席もなし」
「空席と言う席はない」
法語も頭を飛びまわる。
どうぞ!どうぞ!こんな席で良かったら どうぞ!
この私の行為に対して、おじいさんは
「いや、結構です」
あれれれれ、羽生譲れず。
英雄から変態への転落。ものすごい恥ずかしい。「あああ、不落本座じゃのう」悔しい気持ちで復座した。
不楽本座(ふらくほんざ):自分の席に戻るのを嫌がること天人五衰のひとつ。
その後、反省した。健康に気を使っていたのかもしれない。100キロウォークに参加するのかもしれない。
善意の押し売り、中途半端な親切は人も自分も傷つける。NOーミュージック、NOライフ。
その小さな事件から時間は経過し、何停留所か進んだころ、おそらく私の譲る行為を見ていなかったであろう、綺麗目な女子がおじいさんに対して、私と同じように席を譲った。
「どうぞ!」
あああ、この子も可哀そうに。せっかくの善意も水の泡さ。どうせ断られるんだからな。
やはり、飽食の時代に生まれた軟弱な若者の恩恵などうけるはずがない。
ましてや、女・子供の温情など、逆に心が冷えるに決まっているではないか。
「あ、すいません。それでは…」
じいさん座ってるしィィィ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「それでは…」じゃねえし(笑)
足を鍛えていたのではなかった。プライドや飽食云々でもなかった。俺の譲る席が嫌だったのだ。
言い換えるなら私のぬくもりが嫌だったのだ。
人間の心の中は単純なようで複雑。
確かに、街頭のティッシュ配りでも、無意識で「とる」「とらない」あるもんね。
おじいさん、一ネタありがとうございます!
2人が「日本一怖い高座」と話したので、毎日新聞の記者が、うちの高座の写真を撮りに来た。
何が怖いかというと、まず古い!いつ機が熟して木が割れるのかわからない。
そして、高い!普通の高座より高い。景色は抜群だが、高所恐怖症の人にとっては厳しいかも…
最後に、狭い!羽織を脱いで後に置くなんてもってのほか。そのようなスペースは勿論ない。
ちなみに、松尾さんは高座から羽織を投げていた。
松尾さんの文章
現在、桂吉坊さんと「なんじゃこりゃ~」というような 落語会を企画中。
出来るかわからないけど、決まったら またご案内いたします。
それにしても急激に寒くなってきた。Tシャツ一枚では風邪をひくほどの寒さだ。
最近油断していたら、体重が激増していた。これはいかんと一念発起して、歩くことを心がけている。
基本目的地まで歩くのだが、時間がない時は、途中からバスに乗る。
そんなバスの中での出来事!
席に座っていると、ご年配の男性が乗車してきた。よりによって満席。
「ここはひとつ、席を譲らないかんな」と善人モードが発動して、席を立った。
「どうぞ」
やばい!俺、いい人すぎる。
このバス中の誰よりも先に席を譲る。
バス待つブスもガス持つボスもびっくりの、まさに仏教界の「はにゅ~譲る」
譲ってなんぼの人生だ。
「我が人生に一席の席もなし」
「空席と言う席はない」
法語も頭を飛びまわる。
どうぞ!どうぞ!こんな席で良かったら どうぞ!
この私の行為に対して、おじいさんは
「いや、結構です」
あれれれれ、羽生譲れず。
英雄から変態への転落。ものすごい恥ずかしい。「あああ、不落本座じゃのう」悔しい気持ちで復座した。
不楽本座(ふらくほんざ):自分の席に戻るのを嫌がること天人五衰のひとつ。
その後、反省した。健康に気を使っていたのかもしれない。100キロウォークに参加するのかもしれない。
善意の押し売り、中途半端な親切は人も自分も傷つける。NOーミュージック、NOライフ。
その小さな事件から時間は経過し、何停留所か進んだころ、おそらく私の譲る行為を見ていなかったであろう、綺麗目な女子がおじいさんに対して、私と同じように席を譲った。
「どうぞ!」
あああ、この子も可哀そうに。せっかくの善意も水の泡さ。どうせ断られるんだからな。
やはり、飽食の時代に生まれた軟弱な若者の恩恵などうけるはずがない。
ましてや、女・子供の温情など、逆に心が冷えるに決まっているではないか。
「あ、すいません。それでは…」
じいさん座ってるしィィィ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「それでは…」じゃねえし(笑)
足を鍛えていたのではなかった。プライドや飽食云々でもなかった。俺の譲る席が嫌だったのだ。
言い換えるなら私のぬくもりが嫌だったのだ。
人間の心の中は単純なようで複雑。
確かに、街頭のティッシュ配りでも、無意識で「とる」「とらない」あるもんね。
おじいさん、一ネタありがとうございます!
by bongu04200420
| 2014-12-04 10:16