無量のいのち

大人になると聞こえなくなる音ってのがあるそうだ。

拙者、周波数最後の方は全く聞こえん(笑)
音楽家の鶴さん聞こえるのでは?



この高い周波数の着信音で高校生は授業中、友人とメールのやりとりをするそうだ。
生徒らは「うるせー」とか「またメール来てる」とか思うけど、先生はよほど若くないと聞こえないから

「で、あるからにして~」と授業をすすめるというのだ。

聞こえなくなるのを認識させられるのってなんか嫌だな。背中に「老」の刻印を押されてるようで…

人間、もう齢と言いながらも人に言われたりするとムッとするし、自分は若いと思いこんでる。

昔、「わたしも歳をとったら家族と住もうと思うよ」と言う84歳のおばあちゃんの台詞にびっくりしたことがある。

世間でいうところの歳、とってますけど…

「老っていうけど有難いじゃありませんか。年を重ねる。年を頂くんです。人間の有様なんです。老を諦めるんではなく老を諦らかにみるんです」と言いながら白髪染めをしている僧侶もいるくらいだから、人間とはどこまでも「いのち」に執着し古くなることを憂うんだろうな。

今年も1つ年を頂いたんです。と偉い先生に諭されても「あああ、1歳へった」と思う。

もともと自分の所有物でもないものなのにね。

仏教テンションがあがっているときは、「1秒1秒ラッキーだ」「頂き物だ」「借り物だ」「人生は足し算だ」
となるのだが、気を許すと
「もう11月だ」「今日も無駄にすごした」と、あることを前提に、無意識で「引き算」をしている。

どこまでも「いのち」の問題に怯え、死、病を避けたいと願いながら生きている。
その問題はクリアーしたと虚勢を張ってみることもあるけど、調子が悪くなると怯える。

我々はつきつめるとやはり「いのち」を気にしながら生きているのだ。

帰命無量寿如来

最近は

「いのちのことは心配せんでもいい。その問題はひきうけるから」と聴こえる。

ずっと根本のところを見抜かれとったんやな~
ずっとフリチンなのばれとったんやな~と恥ずかしくなる。

借金まみれの●●さんは言う。

「俺の場合は無量寿如来より無量銭如来の方が助かるなぁ」
by bongu04200420 | 2011-11-11 15:17

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