昔の話

漫画を書く先輩が「昔の自分の絵を見るのが恥ずかしい」と言っていた。

ホームページの法話も6年目を迎えるが、最初に書いた法話は恥ずかしい。

ネタがないから昔の自分を助っ人にしちゃいます。

風呂の砂
お父さんがお湯からあがってきた。わたしがそのあとにはいった。
底板をさわったら少し砂があった。
真っ黒になって働いたからだ。わたしは黙ってはいっていた。


この詩を見るとなぜか心がホッとする。
「お父さんはちゃんとシャワーをよく浴びてから風呂に入るべきだ」とか
「風呂に砂があるなんてまるで金魚の水槽みたいだ」とか言った問題でなく
この詩を書いた子は一生懸命働いたお父さんの後姿を見ておのずと黙ったのだ。
親は子どもに「誰のお陰でこんなに大きくなったの」という言葉を
投げつけることがある。そんなとき子どもからは
「育ててくれとか頼んでない」という言葉が返ってくる。
「勉強しなさい」 「お手伝いしなさい」 「もっと行儀よく」 「清潔にしなさい」
様々な言葉を駆使して最高の理屈を作り上げても、
子供はビールを飲みながらナイターを見るお父さんの姿を真似する。

少し前の話になるが、ある門徒さんが家族3人で
お参りに来た。そのかたは私の背後でお経を一緒にお勤めして、きれいな姿勢で合掌をして、お焼香をした。
一緒に来ていた六歳の子と一歳の子がお母さんの
することそのままを真似していた。
教えが伝わっていくということも理屈や上手い説法ではないのかもしれない。僧侶、家長、家の一人一人がその後姿をもって
次の世代に残していかねばならないのだと思う。
by bongu04200420 | 2013-05-22 19:42

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