あたりまえ



あたりまえ体操



サラリーマン編

そして、お坊さんの「あたりまえ」って何だろう?

まず玄関開けて

「お邪魔します」「失礼します」と言い、雪駄を揃え、仏間に行く。

次にご本尊の前で「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」とお念仏申す。

僧侶の誰しもが無意識のうちに行っている所作であろう。

坊さんの「あたりまえ」

そう、あの日も何の違和感もなくお参りに行った。

ご本尊に手を合わせて「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」もうどこを見ているのかわからない程に念仏三昧。

ふといつもの阿弥陀如来様に視線を向けると

「南無妙法蓮華経。うんうん。そうそう南無妙法蓮華経」ってなるかあああああ~

「ちょっとちょっと」

当たり前の真逆なんですけど。

事情を伺うと「両方とやって行こうと思う」という二股発言。
そのおばあちゃんは1人暮らしで、私のことを良く可愛がってくれた。
お寺には一度もお参りしたことなかったが、娘や息子にお菓子をくれたり高価な洋服をくれたり、寺報も綺麗にファイリングして毎月感想を言ってくれた。

じっくりおばあちゃんの話を聞くと日蓮さんの話に心臓(むね)を打たれたそうな。

「あんた、そら動悸の間違えじゃろ」とも言えず、「それもご縁のことですわいな」と納得した。

仲のいい友人に誘われ足繁く集会に通い、多くの仲間もできている模様。
いわば完全にむこうの魅力にメロメロ状態なのだ。
おばあちゃんの眼球を良く見ると、ハートになっている。
中にうっすら南無妙法蓮華経が見えるような気がする。気のせいかな?

しかし、家の本尊が南無妙法蓮華経になっているということはそちらが本妻でこちらが2号。
裏を向ければ南無阿弥陀仏がでてくるという仕掛けもないようなので、

「すいませんが、もうお参りやめときましょう。もし今の宗教でなんか悩みがあったり心細くなったらいつでも電話してくださいね」

「わかりました。また時々はお参りしてくださいね」と少し涙ぐんでおられる。

「はい。懐中名号を持ってお参りに来ます」と若干ひきつりながらも笑顔を作った。

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【懐中名号】

「真宗僧侶の力不足だ」とか「こちらにお参りさせるよう算段しよう」とかは違うと思った。

それは真宗の世界じゃない。

ご法義はこちらが握るものではない。操作出来るものでもない。

出会う縁もあれば 別れる縁もある。 この教えに遇う人も 違う教えのまま逝く人もある。
来るもの拒み、去るものを追う。いや来るもの拒まず去るもの追わず。

これでいいのだ。これでいいのだ。ね、親鸞聖人。

時々おばあちゃんの家の前を通る時、「電器消えてるけど大丈夫かな?」「お金過分にとられてないかな」
と心配になる。

どんな状況であれ、おばあちゃんの選んだ道だからなぁ~。

しかし…

「仕合せならいいな」と心底思うのだった。
by bongu04200420 | 2012-09-10 19:01

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