初心にかえる

昨日、ある御同行と電話でお話しさせていただいた。
この前僕がおとりつぎした内容について手紙をくださったのだ。

その法話の中で僕はさほど意識をせずに「念仏」という言葉を使っていた。
第十八願の念仏という意味で使っていた言葉だったのだが、その方がおっしゃるには「念仏と言う言葉を使うとき気をつけた方がよい」との御指摘だった。
確かに念仏と言う言葉は憶念、仏隨念、観想念仏、踊念仏、称名念仏(自力の念仏、他力の念仏)と様様な種類がある。ゆえに聴く側によっては間違った思いのまま聞いてしまう恐れがあるというのだ。

真実信心は必ず名号を具す。名号かならずしも、願力の信心を具せざるなり。
【本物の信心には必ず称名念仏が具わっていますが、念仏を称えたからといって、必ずしも他力の信心が具わっているとは限らない】


御開山(親鸞聖人)はそういうところにまで気を配られ「名号」と言っておられるのだ。
有難いお手紙に、話すことの難しさを感じるとともに身の引き締まる想いがした。
by bongu04200420 | 2009-09-25 16:32

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